- ソナーニルコラム 第2回

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★  ソナーニルコラム 第2回



 ■婦人Eの編纂記録5 

1905年12月
NY封鎖線を務めた合衆国陸軍兵の発言より

 楽な仕事だったよ。
 何でって、別に、敵があの中にいる訳じゃないからな。勿論どこにいたって南部連合の工作員やインディアン・テロリスト(※1)のことは念頭に置いちゃいるが、それを言うならワシントン・シティやシカゴ・シティのほうがよほど危険度は高いだろ。何せ、廃墟都市には誰もいないんだから。軍事的破壊工作の標的にしろ、独立だ自治だなんだの示威行為にせよ、わざわざ狙う奴なんざいない。誰もいない瓦礫の山を壊して満足するほど、連中は生温くも優しくもないからな。
 ん。最近じゃあもうどっちの話も聞かないって?
 まあ、それは、な。南部連合は今じゃ敵国じゃあなくて合衆国の友で血を分けた兄弟って奴らしいとか、アラバマの姉貴がそんなこと言ってたっけ。忌々しいインディアンどもも、もう10年近く特別居留区(※2)から出てきやしない。貧相な行進も無意味な座り込みもしない、不気味な歌をうたったり踊ったりもしない。合衆国に寄生する赤肌ども。
 ああ、知ってるかお前? こういう話?(※3)
 インディアン連中は迫害を受けてるだとか社会構造の被害者だとか貧困問題だとか、しち面倒臭いことを言う奴が特に欧州の大学やなんかにいるみたいだけど、そのへんは実は全部嘘なんだよ。嘘。ああそうさ嘘だ。市民生活保護プログラムってのがあるだろう、あれがな、あの赤肌どもには不正に適用されてんだよ。つまり赤肌どもはたっぷり金を貰ってやがるんだ。ああ、俺たちまっとうな国民なんかよりよっぽど好待遇で居留区にいる癖に、さらに援助だ保護だって。外国で面倒臭いこと言う連中は買収されてるんだよ。もしくは混血だ。赤肌の血が混ざってる。ああ、絶対そうに決まってる。そういう連中は名前に特徴があるんだ。
 許せるか? 許せないよな?
 この新大陸は正しく俺たちのものだ。国も、税金も連中のものじゃない。
 そいつは明白な運命ってやつだ。

 あ? ああ、悪い。
 それで何の話だったっけか。
 ああ。それね。旧ニューヨーク・シティの封鎖任務ね。
 俺がいたのは1年だけだったけど、本当、楽な仕事だったよ。(※4)ただ、立ってるだけでいいんだからな。一番の敵は眠気だ。廃墟都市には誰もいないし、わざわざ瓦礫を見に来るような莫迦もいない。中に入ろうとする奴なんかいる訳ないだろう。廃墟に誰もいないってのはともかく、安全かどうかもわからんのに侵入しようとする莫迦なんざどこにもいない。
 ああ。ただの一度も、封鎖線に近付く一般市民は見掛けなかった。
 誰だって、廃墟に興味なんかないってことだよ。(※5)
 生存者がいる訳でもないしな。
 もし万が一にいたってとっくに死んでしまっただろうし、お偉い碩学の先生たちやら調査委員会が調べたって話だし。陸軍からも何万人か人手を出してたはずだしな。それでも見つからないなら、そういうことなんだよ。御許に召されたんだよ。欧州の新しい法王さまだかなんかも、そう言ってたんだろう?(※6)
 ともかく暇だった。暇で暇で、俺は灰色雲の見分け方ができるようになったぜ。あとは、ポーカーだ。封鎖基地には寮があって、そこで賭けポーカーをやってたんだ。これ、絶対新聞やタブロイドに流すなよ。ワシントン・ポストは絶対駄目だ。
 アメリカン・レビューならいいけどな。


(※1 1905年の時点で南部連合との同盟が成立している。インディアン・テロリストは前世紀には存在していたが、20世紀に入ってからは沈静化している)
(※2 インディアンはあらゆる権利が著しく制限された。そのひとつが居住権であり、すべてのインディアンは定められた居留区以外で暮らすことを禁止されていた。居留区の多くは劣悪なスラム地帯と化しており、白人知識層や黒人労働者層を中心に人権問題が叫ばれている)
(※3 保守系思想誌『アメリカン・レビュー』誌に端を発する噂。インディアンは不当な利益を得ているとする主張であり、根拠はごく薄い。しかしタカ派を中心とする保守層からは熱狂的に支持されており、代表格であるヘンリー・フォード氏の発言によって10年近く合衆国の一部で根付いていた)
(※4 合衆国陸軍で行われたアンケートによると、希望任務地の1位がこのNY封鎖任務であった。目立った危険もなく、封鎖基地には各種の娯楽施設や慰安施設が用意され、陸軍兵からは好評だった)
(※5 ワシントン・ポスト紙の調べでは、1905年当時の流行や関心を示す度合いは「機関機械製品の生産に伴う生活の向上と文明の発展」が最も高く、2番目が「1908年開催予定のセントルイス万博」であった)
(※6 ローマ法王ピウス10世の発言。「天に召されし300万の清らかな魂」)

【注記はすべてチャールズ・フォート氏による】


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 ■婦人Eの編纂記録6 

1906年2月
ニューヨーク・タイムズの一面記事

 意義を失ったとは思わない──
 私たちがこの3年あまりで続けて来た活動には、確かな意味と、意義と、誇りとが込められていた。それはこの3年間もそうだし、これからも変わらない。たとえ、本日を以てニューヨーク・タイムズ55年の歴史に幕が下りるとしても。(※1)
 3年前、12月25日のことを皆さんは憶えておいでだろうか?
 3年前、合衆国と世界とが震えたことを憶えておいでだろうか?
 本社と社員の大半を失った私たちは、通称《大消失》ことニューヨーク消失事件についての報道を続けて来た(※2)。だが、得られた情報は決して多くなく、紙面をまともに構成することも難しく、結果として月刊発行という形態を取らざるを得なかったのは皆さんのご存知の通りである。
 この3年間を通じて私たちが感じて来たのは絶望だった。
 人々は忘れていく。
 南部連合の無償財政援助及び協調は合衆国を賦活し、フォード社を中心とした大規模輸出は国家規模の産業となって市民生活を明確なまでに豊かにし、平均株価は3年前を上回るほどの数字を見せ始め(※3)、1チームを失ったはずの大リーグはこれまでにない盛り上がりを見せている。(※4)
 人々は忘れていく。過去は風化していく。
 東部の都市が消えたという事実は、やがて歴史の僅かな一節と化すのだろうか。
 当編集部にも最早人員は殆ど残っていない。
 多くの者は他紙へと移り、業種を変えた者もいる。不審な死を遂げた者もいる。そう、NY事件調査委員会の極秘情報を掴んだ者ばかりが、こぞって不審死、もしくは失踪しているという事実がある(※5)。

 明確な証拠は何もない。
 本来であればここで書くことも許されないだろう。
 しかしこれが最後だからこそ。
 本日、本紙は最後の時を迎える。だからこそ、意義にかけて皆さんに尋ねたい。

 3年前から今日に至るまで、私たちが失ったものは……何だ?

(※1 機能と人員のほぼすべてを失ったニューヨーク・タイムズ紙は各地支部のみで新聞発行を維持しようとしたが、月刊発行となり、1906年2月の最終号にて活動の無期限停止を宣言した)
(※2 当時既に、ニューヨーク・タイムズ紙以外の新聞各紙は、毎年12月末の特集以外ではNY消失事件についての報道を行っていなかった)
(※3 1906年1月、悲劇よりの復活を果たしたと大統領は表現している)
(※4 1905年、大リーグは史上最高の興行収益を計上した)
(※5 ここで述べられる「不審死」について正確な記録は確認できない。調査委員会の記録は機密公文書館に収められ、確認することはできない。詳細記録を開示すべしとの市民運動が興ったが、合衆国全土を巻き込む運動には発展せず、政府は沈黙を保った。なお、本記事が掲載されたニューヨーク・タイムズ掲載号は「煽動的な政治意図に基づいた不正確な記事」であるとして発刊から半日足らずで政府から発禁処分が下された。故に、現存するニューヨーク・タイムズ最終号はごく少ない)


【注記はすべてチャールズ・フォート氏による】



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 ■婦人Eの編纂記録7 

1906年11月
フィラデルフィア郊外在住の女児の発言より

 もうずっと前のことよ?
 あたし、記憶は他の子よりもいいほうだから憶えてるけど。うん。何年か前は、何度もその話を聞かれたわ。新聞のひとや、ラジオのひと、いっぱい。ううん、警察のひとや軍隊のひとは一度も来てないと思う。(※1)
 それにしても久しぶり。あの頃は沢山話したけど、もうずっと話してないわ。
 もう、2年くらい話してないのかな。
 ラジオでも、ニューヨークのお話をするひといないものね。学校でも、前は先生がよくお話してくれたけど、最近はもうしない。パパとママも話さない。大人はみんな、ニューヨークのお話をしなくなったわ。(※2)
 あんまりにも話さないものだから、あたし、もうあまり自信なくて。
 4年前のことが本当だったのかどうか。
 教科書にはちゃんと12月25日のことが書いてあるし、その日には家族のみんなで黙祷をするし、ラジオでもその日には特集の番組が流れるわ。(※3)
 でも……。
 普段は、大人は誰も何も言わないの。
 ママは「とても悲しいことだから、年に1度でいいの」って言うの。あたしも、うん、そう思う。悲しいこと、いつも話していたら気分が落ち込んじゃうもの。気分が落ち込んだままだと、ガーニーの免許も取れないし工場勤務もさせて貰えない、そういう診断をされるんだってパパが言ってたから、気分が落ち込むのは良くないことよね。
 でも、何だろう。
 うん。何か、変な感じ……。

 うん。うん。
 そうね、見たわ。見たはず。あたし見た。4年前に。
 あれはね、天使さまだったのよ。
 見えたの。白い、白くてきらきらした大きな翼。(※4)
 工場の向こうがね、ニューヨークのほうがぱっと光って。きらきらしてた。
 うん。うん。きれいだったわ。それに、怖かった。

 怖かった。

 だって、天使さまはきらきら笑ってたの。(※5)
 きらきらしながら笑っていたの。
 もう殆ど憶えてないけど、うん、笑っていたから怖かったんだと思う。
 うん。うん、怖い。笑う顔って、怖いこともあるでしょう?


(※1 調査委員会から聴取を受けたとする証言はごく少ない。1907年、フィラデルフィアでは調査委員会から聴取を受けたという者が2名現れたが、同年に不審な失踪を遂げている)
(※2 1906年末、世論調査からはNYの消失事件に関する項目が削除された。人間心理を研究するメスメル学の碩学たちからは不満の声が上がったが、他に目立った反対の運動は記録されていない。噂では、NY消失の遺族たちが私設の遺族会を発足させようとしたとされるが、記録には残されていない)
(※3 過去の悲劇を学ぶことは人類の進歩に不可欠として、政府及び大協会の判断によってNY消失の端的な事実が初等学校の教科書に記され、ラジオ放送・新聞各紙・タブロイド各紙では12月の放送で優先的に消失事件を取り扱う風潮が1906年当時には生まれていた。この風潮に前後して、機密公文書館に収められた調査委員会の記録を開示すべしとの市民運動は著しく弱体化していった)
(※4 同様の証言は同地区で複数見受けられる。すべての証言者がプロテスタント系カトリック系を問わず“キリスト教徒”であるが、熱心な信者とは限らない。この少女は比較的熱心なプロテスタントであったためか、証言内容に偏りが見られる)
(※5 同様の証言は同地区の児童に多く見受けられる。感情を類推する子供たちの発言はメスメル学の極めて重要な研究材料であり、多くのメスメル系碩学が子供たちとの面会を求めたが、児童の心理をいたずらに惑わすものとして政府判断により却下されている)


【注記はすべてチャールズ・フォート氏による】


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 ■婦人Eの編纂記録8 


1907年6月
無記名の手帳より

 わたしは公文書館へ赴いた。
 大叔父さまの計らいで、一般には公開されない機密公文書館へも。
 合衆国は、情報の歴史的・文化的価値を重視して、その成立前から現在に至るまでのすべての公式記録を公文書館へ残している。一般市民に公開するのが相応しくないと政府に判断されたものは一時的に機密公文書館へと収められて、それぞれに定められた時間が経過すれば通常の公文書館へ収められる。
 それが、わたしの知る合衆国の常識だった。
 なのに……。

 なのに。公文書館には何もなかった。
 わたしは、5年前の記録に触れるはずだった。
 けれど、そこには何もなかった。機密公文書館にもそう。

 調査委員会の記録は?
 ワシントン・ポストの記事を認めたという報道官発言は?
 大々的にラジオで中継された大統領発表は?

 公式記録は何も残されていなかった。
 ワシントン・ポストの記事さえ保管されていなかった。
 わたしは、この週でワシントン中の図書館を巡りもしたけれど、そこでも、ワシントン・ポスト記事はおろか、報道官発言や大統領発表を記した各紙のバックナンバーさえ確認することはできなかった。
 何もなかった。
 何もなかった。
 記録に残されていない。
 記録がされたということさえ、残されていない?
 ただ、子供たちの教科書に、史学の1頁に事実がほんの1行だけ記されて。


「1902年12月25日
 重機関都市ニューヨーク、連鎖的な機関事故により消失。死者数約300万。」


 わたしはひとつの推論に辿り着く。
 記録が、ないのなら。

 5年前のこと。
 1902年12月25日の、あの日の出来事は。
 この、たった2行だけになってしまうの──?


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