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ソナーニル コラム Archive

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★  ソナーニルコラム 第7回

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 (1902年第5号「ニューヨークの機関」より抜粋)


トレヴァータワー

 世界“最大”の超々高層建築。その称号を有するものこそトレヴァータワー、正式名称ではエンパイアステートビルII号塔と呼ばれるものです。かつてはマンハッタン南部のエンパイアステートビル(I号棟)が世界最大の超高層建築として知られていましたが、前世紀末に建造されたII号塔こそが今では世界最大であり、その名はカダスを含めた世界中に知れ渡っています。
 重機関工業区であるマンハッタンの北端(別名は鋼鉄摩天楼)の一角に建造されたこの建造物は、世界最高の頭脳と称される《発明王》エジソン卿の私有物であり、最先端の機関技術の粋が集められた技術の園であり、彼の許可を得てさまざまな合衆国の公的機関や企業の研究部が設置されています。合衆国の優秀な頭脳の持ち主たちで構成された誇り高き大協会(ファウンデーション)や、欧州やカダスの碩学たちの多くをまとめる碩学協会こと《西インド会社》の研究所もあり、ここで10日という時間を研究に費やせば、たとえば世界の他の場所で研究する1年にも等しい結果を導き出すだろう、とイェール機関大学の学長は公言しています。
 この塔あればこそ、NYは数多の大機関(メガ・エンジン)を地下に有し、驚くべき動力と生産力を得ることで、目を見張るまでの発展を遂げてきたと言っても過言ではありません。NYの地下を走る列車(地下鉄)も、大陸東部と西部を繋ぐ砲弾列車も、巨大きわまる海峡橋も、合衆国中の道路の多くを走るガーニーも、合衆国各地の空行き交う飛空艇も、それらの殆どすべてが、カダスや英国からの輸入品ではなく、この塔から生み出された合衆国独自のものです。
 ……ここまでは、紹介号に記載した通りですね。この項では更に、トレヴァータワーの有する数々の偉業を紹介させていただきます。
 まず第1に、地下大機関の起動。これは正確にはトレヴァータワー建造前のエジソン研究所における出来事になりますが、エジソン卿が行ったこの大機関起動は、通常では起動に年単位での高度計算が必要となる大機関をたった2週間で行ったという偉業です。それも、他の研究、発明を行う傍らで! この大機関が起動したことによりマンハッタン北部は凄まじい生産力を獲得し、地区全体の重工業化を促すに至りました。すなわち、トレヴァータワーが現在聳えている場所はマンハッタン北部“鋼鉄摩天楼”発祥の地であるのです。大機関を起動させたまま、同エジソン研究所は前世紀最大の大工事を経て、エンパイアステートビルII号塔ことトレヴァータワーへと姿を変えることとなりました。
 第2に、独自規格による新型機関(ネオ・エンジン)と機関機械(エンジン・マシン)の開発。前述の通り、カダス地方で発祥した規格でも大英帝国のものでもなく、独自規格の機関と機械をトレヴァータワーは生み出したのです。正確には勿論、トレヴァータワーに集った頭脳が導き、開発したのです。必要性が存在しないとされて世界各地でも研究は遅々としていた新型規格の機関に関しても、エジソン卿とトレヴァータワーに集った碩学たちは作り出して見せました。現在では、新型機関による工場稼働や都市運営は試験的にニューヨークだけで行われていますが、合衆国最大の工業都市となった現実を鑑みるに、実質的には新型機関は量産すべき優秀な機関であると証明されたに等しいでしょう。
 そして第3に、多国籍の頭脳の集結。合衆国の大協会や各大学だけでなく、欧州やカダスの碩学組織である《西インド会社》をはじめとして、世界各地から優秀な碩学がトレヴァータワーには集まっています。あらゆる学問のための世界最高の研究設備が整ったこの塔には、こぞって優秀な頭脳が集います。先年も、欧州ユダヤ社会の生み出した空前絶後の才能と謳われる若き天才アルバート・アインシュタイン博士が当高層建築のあるじたるエジソン卿の財団で行われる研究に参加しており、これから先、20世紀の世界を担う若き才能たちが集い続けるのは間違いないことでしょう。
 この塔が存在する限り、合衆国と世界における文明発展は神のもたらした運命であるかの如く確実であるのです。



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ロード・アヴァン・エジソン(エジソン卿)

 エジソン卿。ロード・アヴァン・エジソン。
 彼を一言で表現するのであれば“偉人”の他にはありません。合衆国建国の父のひとりにして、発明を司るかの如き天才碩学であり、数多の財団群を有する大富豪。カダス地方の大国からは《発明王》の称号を与えられ、時に《碩学王》とさえ呼ばれる人物。
 彼の存在は“偉人”そのものです。大機関起動からトレヴァータワー建造をはじめとするその業績はまさしく数えきれず、数多の風説が仮にすべて事実であるとすれば彼の年齢は100を超えることになるでしょう。独立宣言起草委員のひとりであり、合衆国憲法(新大陸大憲章)を形作ったアナポリス大会議の参加者であったとされる“ロード・エジソン”と、現在NYマンハッタンに知識の塔トレヴァー・タワーに座すエジソン卿が同一人物であるかは当然疑問が残ります。なにせ独立宣言は1777年に行われているのですから、100歳を優に超える人物ということになってしまいます。流石にこれは眉唾ものですが、不思議なことに彼はこの噂について否定も肯定もしていません。もっとも、すべての噂、風説に関して、数多の記者や碩学の問いに対しても彼は否定も肯定もしていないのですが。
 一説によれば1777年頃に描かれた起草委員たちの肖像画は、現在エジソン卿として撮影された人物の篆刻写真に酷似していると言われますが、件の肖像画は実在さえ定かではありません。
 現実的に考えれば、勿論、エジソン卿が“ロード・エジソン”と同一人物であるはずはありません。それほどまでに長生な人物などこの世には存在しません。
 であれば、エジソン卿とは何者であるのか?
 残念ながら、誰もその問いに答えられる人はいません。彼の経歴は出身地から出身大学まで一切が不明であり、合衆国政府は超天才的な頭脳を保護するため、として彼の情報を決して開示することがありません。ただひとつ確かなことは、彼が厳然とこの世に存在しており、数多の発明によって合衆国と新大陸を、ひいては世界を発展させ続けているという事実のみです。
 ロード・アヴァン・エジソン。謎多き人物。同じ名を継ぎ続ける一族である、という説もあります。謎多き人物、もしくは、一族。合衆国の歩みは彼の歩みであったと言っては大げさかもしれませんが、今後の新大陸と人類の発展と栄光が彼の双肩にかかっていると表現するのは大げさでしょうか。それとも……。


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新型機関(ネオ・エンジン)

 これまで世界に存在する蒸気機関の多くはカダス由来のものでした。
 カダス地方との交流以前から蒸気機関は発明され、発展していましたが、1902年現在の世界各地を埋め尽くしている機関(エンジン)の多くはカダス地方からもたらされた方式によるものです。
 長らく変わることのなかったカダス式機関の隆盛に対して、合衆国は独自規格による新方式機関(ネオ・エンジン)を提案しました。正しくはエジソン卿の提案であり、この新型機関計画に対して合衆国政府は前面援助を決定しし、1880年の段階で既に計画に着手が行われ、1902年現在では試験的にニューヨーク・シティ全土での使用が行われています。かつてトレヴァータワー地下で稼働した大機関も現在では新方式大機関(ネオ・メガエンジン)にに取って代わり、そのエネルギー効率はカダス式を遙かに超えるものであると噂されています。正確な数字に関しては発表媒体によってばらつきがありますが、当編集部が調査したところによれば、およそ


 (ここから先は保存状態が悪く、解読できない)

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★  ソナーニルコラム 第6回

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 (1902年第4号「ニューヨークの散歩」より抜粋)


摩天楼(ロウアーマンハッタン側)

 巨大なものの麓を歩くことの爽快感を知っていますか?
 合衆国における最大の超高層建築群たるニューヨーク・マンハッタン摩天楼の麓はまさしくそういった爽快感を皆さんに提供するでしょう。遊覧飛行船やリバティ島から、もしくはそれらから撮影された篆刻写真で眺めるだけが摩天楼を楽しむ方法では決してなく、その醍醐味は麓を歩いてこそであるとわたしたちはここに断言します。
 朝の比較的澄んだ空気の中で歩くのも、昼間の排煙の中で歩くのも、夜の暗がりで歩くのも良いでしょう。どれも、ひとりきりの散歩にぴったりの雰囲気でありながら、カップルで睦まじく歩くことにも合っています。見上げるほどに巨大な塔群の存在感は、歩く者から言葉を奪い取り、たっぷりとした優雅な時間をもたらすでしょう。
 真夜中以外であれば、早朝から、ファスート・フード・チェーンの移動店舗(移動用の小型の厨房機関が備え付けられた屋台)が路地にぽつぽつと存在しており、小洒落たレストランを予約しておく必要もありません。思い立ったらすぐに足を運ぶだけ。観光で訪れたのであれば、ホテルから出て少し歩くだけでOKです。
 所謂ところの“ニューヨーク的”と呼ばれるロウアー・マンハッタンのビル群たる摩天楼は、たとえばトレヴァー・タワーや第2メガ・チャーチのような特徴的な建造物が目を引くといったことはありませんが、その存在感、偉容、投げ掛ける巨大な影はそれだけで価値あるものです。
 ぜひ、せめて1度だけでも歩いてみてはいかがでしょうか。
 きっとやみつきになります。ニューヨークっ子の間では、取り立てて用もないのに散歩のためだけにここを訪れる若者があるほどの場所なのですから。


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セントラルパーク

 誰が何と言おうと、ここが最高の散歩場所です。
 ニューヨーク・シティ、いいえ、合衆国が、新大陸が世界に誇る緑の園。灰色の空に満ちたこの世界において、澄み渡る空と緑に満ちた前世紀以前の姿を思い返させてくれる緑地が都市中枢近くの場所に存在するのです。時に冷たい印象を与える超高層建築群とは180度異なる暖かみに満ちた場所、確かに人の手で管理され設計されているにも関わらず人の手の及ばぬ尊さを感じさせる場所、それが、ここ、ニューヨーク・セントラルパークであるのです。
 管理公団によって完全管理が行われるようになった前世紀末より、ここは、並ぶものなき美しき緑地と化しました。かつて銃撃の音が響きニューヨーク・ギャングたちの抗争に明け暮れ、悪名高き19世紀当時のブロンクスさえかくやと言われたほどの血の華の園は今や、美しさと穏やかさと静けさに満ちた緑の園です。都市市民や旅行者の区別なく、家族連れや子供たちの声で賑わう、地上の楽園と言っても過言ではないのです。
 ここを楽しむのに決まったルールはありません。まずは足を運んでみてください、そうすれば、緑の木々と色鮮やかな花の美しさに心奪われ、難しい理屈など一切必要ないことを皆さんは直感的に理解するでしょう。
 もしも、それでも理知的な精神を失わずに、知的好奇心が疼くというのであれば、公演中央に位置する管理会館へぜひ足を運んでください。そこでは、公団によって完全管理された水質から、欧州の名だたる芸術家や博物学の碩学たちによって設計された完璧なまでの植物配置についての計画まで、一般公開された展示物が待っています。美しさを前にしても揺るがぬ知的好奇心さえも満足させてくれるでしょう。管理会館の玄関ロビーではお土産用の造花も販売しています。本物の植物を折って持ち帰ることは固く都市法で禁止されていますが、美しさの記念には、ぜひ、管理会館販売部へお立ち寄りください。
 無論、美しさに心奪われるであろう初回の散歩の折には、お土産を買うような思考的余裕はないものと──わたしたちは確信しているのですが。



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鋼鉄摩天楼(工業地域側)

 ニューヨーク・マンハッタン北部地区は鋼鉄です。
 散歩をするには少し、困難のある場所と言ってしまっても差し支えないでしょう。近年希に見る発展を遂げつつある合衆国を象徴するかのように急激に重工業化を果たしたマンハッタンの北部地区は、今や、第2の摩天楼と呼べる場所に成長しました。すなわち天高く灰色の空にまで伸びた超々高層建築体が立ち並ぶ、偉容の場所です。けれどそこにあるのは必ずしも高層建築とは限りません。そう、すべてを言わずとも皆さんは既にお気付きであることでしょう。重工業化につきものの、すなわち、機関煙突や大機関塔(メガ・エンジン・タワー)がここには林立しているのです。
 空まで伸びた塔の群れは、常に、ロウアーマンハッタンのそれとは比べものにならないほどの排煙をもたらし、地上に在りながらにして空の灰色雲の中に迷い込んだかのような錯覚を与えてしまうことでしょう。近年問題が欧州を中心に叫ばれる肺病・蒸気病のこともあります。まかり間違っても、この地域を“歩く”ことをお勧めすることはないだろうとわたしたちも考えていました。
 第2の摩天楼は確かに偉容ですが、そのために健康を著しく欠いてまで…。
 いいえ、しかし。まともに呼吸すればたちまちのうちに肺を黒く染め上げるほどの地域であっても、わたしたちは楽しむことができるのです。フォード社がレース競技用に設計した大型機関自動車のために開発された特殊な機械式呼気覆面(ガス・マスク)がとうとう今年から一般販売されたのです! これさえ被れば、何の問題もありません。まさしく灰色の雲の中の如き排煙に満ちた重工業地区を、鋼鉄の摩天楼の中を、皆さんは歩くことができるでしょう。
 灰色の、時には真っ黒な北部地区の路上を歩く中で、きっと天の宮殿を歩いているかのような錯覚を覚えることでしょう。古代グリースの神々の宮殿さえもかくやの大機関塔の投げ掛ける影の中を、排煙の中を歩く…それが、フォード社の最新式呼気覆面を購入するだけで可能となるのです。フォード社は覆面の通信販売を始めています。本号巻末には注文用の電信番号も記載しておりますので、ぜひぜひ、一度、お試しください。
 灰色に染まった現代の空の中を“歩く”感覚。ぜひ、お楽しみくださいませ。


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★  ソナーニルコラム 第5回

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(1902年第2号「ニューヨークの娯楽」より抜粋)



マジェスティック劇場

 マンハッタン島ブロードウェイ・ミッドタウンに位置するこの劇場は、座席数3000を越す大劇場です。前世紀末に作られた比較的新しい劇場で、ハドソン劇場などと同じく最新の設備が整っていることが特徴です。機関機械式リクライニング・シートは皆さまに快適な観劇をお約束し、大小さまざまな機関機械の粋を尽くされた舞台装置の数々は、新たな娯楽“映画”では到底味わうことのできない臨場感に満ちた劇場空間の形成を果たしてみせるでしょう。
 当劇場は特に新進の作品を上演することで知られており、才能に溢れた挑戦的な若手脚本家を抱えていることも評判となっています。中でも、欧州フランスから亡命してきたという触れ込みの若い天才作家ガストン・ルルーが脚本を手掛けた「オペラ座の怪人たち」は恐ろしくも美しい浪漫怪奇作品として老若男女に受け入れられ、近年希に見るほどのロング・ランを果たし、マジェスティック劇場の名を合衆国はおろか南部連合にまで知らしめることとなっています。新大陸じゅうの劇場がこぞって上演権を手に入れようとしている、と噂されていますが、マジェスティック劇場は決してこの金の卵を手放すことはないでしょう。「オペラ座の怪人たち」の成功は、その奇怪にして奇妙にして美しささえ備えた世界観の構築にこそ要があり、そしてそれを完璧に表現できるのは、当劇場の最新設備だけであるからです。
 ブロードウェイへお立ち寄りの際には、ぜひ、当劇場へ。
 チケットの入手はぜひ本紙巻末に記載された電信番号まで。許諾業者以外からの入手は勿論州法違反となりますし、なにより信じられないほどの高額です。その点、本紙の紹介する仲介業者はフォード自動車工場の系列会社であるため、信頼性は確実です。ぜひ、お求めは巻末の番号まで。



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フランクリン劇場

 ベンジャミン・フランクリンの名を知らない人間は合衆国にいますか?
 答えは、いいえ(ノー)、です。彼は偉大な財産家であり、著述家であり、政治家であり、碩学でありましたが、何よりもわたしたちに言えるのは彼が建国の父のひとりであるということではないでしょうか。
 合衆国首都キャピタル・ワシントンに聳える大機関図書館を設立した人物であり、情報の有意を唱えて公文書館を提言し、フィアデルフィア機関大学を設立し、独立のために大英帝国に働きかけ、そして合衆国独立宣言の起草委員たる“ビッグ・ファイブ”の一員として活躍し、独立戦争中はその外交手腕を欧州で振るった偉人──
 偉人。まさしくそう表現するのが相応しい彼には、神秘的とさえ呼べる伝説が幾つも存在しています。中でも奇異であるのは、約200年前に生誕した人物である彼が、現在もなお存命しているというものです。偉人やスターの存命説は合衆国では(恐らくはエジソン卿ただひとりのの不可思議なまでの長命を根拠として)伝統的な噂、伝説として広く知られていますが、彼についての伝説は奇妙なまでに具体的です。特に具体的であるとされるのがこのフランクリン劇場の運営です。
 当劇場の運営はすべてベンジャミン・フランクリン卿の私費によって行われており、採算は度外視されている。それが故に、最新設備の新興劇場が乱立するブロードウェイにおいて、伝統的な古い型の演劇・歌劇が素晴らしいまでの完成度で今なおわたしたちに届けられているのだ──こういった伝説は今なお語られており、フランクリン劇場もそれを否定することはありません。勿論、肯定する訳でもないのですが。
 伝説の真偽はともかく、古き良き欧州風の演劇・歌劇がここにはあります。ブロードウェイが劇場の街として知られることになる以前から公演を続ける、まさしく合衆国劇場史を体現した存在である、フランクリン劇場。ブロードウェイの初心者であっても、玄人であっても、お薦めです。
 一度当劇場へ足を運べば、皆さまは不変の美を目にすることになるでしょう。



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ジンジャー・ロジャース

 女優にして歌姫。現代最高の女優と褒め称える評論家も数多くいます。
 彼女の名はジンジャー・ロジャース。ミズーリ生まれの彼女がブロードウェイで成功を掴むまでにはさまざまな出来事があり、それは彼女自身が望みはしなかったものの自伝という形で世に広まっています。その自伝は非公式のものであり、彼女自身は否定も肯定も行っていませんが、多くは真実であると関係者は口を揃えているといいます。
 すなわち、幼くして父を失ったという境遇と、不屈の精神によるたゆまぬ努力と成功までの道程です。それは多くの合衆国の人々の心を掴みました。
 ですが、ですが彼女の真価は決してその生い立ちと過程ではありません。
 舞台の上で歌う彼女、演じる彼女の素晴らしさこそが人々の心を真に震わせ、彼女を一流のスターとして認めさせたのです。昨年より新たな娯楽“映画”への出演も行っているジンジャー・ロジャースですが、やはり彼女の真価を味わうにはブロードウェイへ足を運ぶしかないでしょう。映画方面は自由なようですが、現在の彼女はフランクリン劇場と専属契約を結んでおり、前世紀に作られて今なお人気の続く演目『マイ・フェア・レディ』を主演しています。名作家ジョージ・バーナード・ショーが若かりし頃に書き上げた小説を元としたこのミュージカルは、彼女の主演のままで来年1903年には映画化も予定されています。
 一昨年よりニューヨーク・ギャング(マフィア)、ノーサ・コストラ幹部との恋愛が噂されている彼女ですが、そんなものは些細なこと。彼女の真価のすべてはその歌声と演技にあるのですから。ぜひ、フランクリン劇場で、彼女の真価を味わって下さい。それが叶わない場合は、来年の映画公開をお待ちいただければ──



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★  ソナーニルコラム 第4回

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 (1902年第1号「ニューヨークの食生活」より抜粋)



ソウルフード

 南部連合では、未だに、アフリカ系黒人たちが奴隷制度という旧き鎖に縛られていることは皆さまもご存知の通りでしょう。ソウルフードとは、白人が口にしない食材を用いて、故郷であるアフリカ大陸の味を再現しようとしたものであると言われています。現在では重工業地区であるマンハッタン島北端部、110丁目から114丁目あたりがかつて黒人たちの集う“ハーレム地区”と呼ばれていた前世紀には、治安度の低い危険な地区であるという認識と同時に、彼らが自らの誇りにかけて築き上げた絶品のソウルフードに満ちた地区であるという認識があったことも事実です。
 20世紀を迎えた現在ではハーレムの姿は既にNYからは消えてしまいましたが、彼らの作り上げたソウルフード文化は、NYのあちこちで見ることができます。時に、蒸気機械式のベンダー・マシンから出てくる熱々のフライド・チキンやマッシュ・ポテトの他にも、旧き良き屋台で売られるチキン・レバーの煮込みやバーベキュー・チキン、ミートローフ、オックステール・シチュー、鯰のフライのタルタルソース合え、などなど、都会的なニューヨーク・シティの合間で見受けられるこの郷土感溢れる料理たちは、現在においては南部連合風の家庭料理とさえ呼べるものではありますが、本来、ソウルフードと呼ばれたものであり、輝かしき“奴隷制度撤廃”を迎えた我らが合衆国における最大都市NYでは未だにその名で呼ばれるものであるのです。
 さて、では本題です。美味しいソウルフードをいただくなら、F3ライン地下鉄に乗り込んで、ブルックリンへ足を運ぶのが良いでしょう。今やリトル・ハーレムとも呼ばれる小さな黒人地区がこれらの外区には存在しており、名前を挙げるなら『エイミーズ・フード』チェーンがやはり代表的でしょう。エイミー・ママ特製のミートローフは絶品です。はちみつワッフルやはちみつポテトはお子さまにも大人気で、フランス系の旅行者ではひそかな流行となっているとか。
 気取った予約も必要なく、ふらりと立ち入って、大柄な黒人の“ママ”がもてなしてくれる安心の料理たち。チェーン展開のおかげでNYのどこへ行っても味わうことはできますが、あの空気感、あの安堵に満ちた空気感を伴えば、おいしさは倍増です。思い至ったら、ぜひ、ブルックリンへどうぞ。



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10ドルフード

 たとえば、10ドルと言えば皆さまは何を思い浮かべるでしょう?
 家庭用機関機械の標準的価格? 蒸気機関式自動車の車検手数料? それとも次世代型遊園地ニュー・フォード・ワールドの年間パスポート? 開催予定のセントルイス万博の初日入場券の平均的落札価格?
 大卒採用者の平均的月収が何ドルであるかを考えると、10ドルという金額は決して安いとは言えませんし、平たく言えば高額です。ぽんと出してしまうのは考えものですし、それができるほどの富裕層の方々がニューヨーク・ガイドを手に取るかどうかというのも考えものです。何せこの資本主義社会の“貴族”とさえ呼べる資本家であるところの彼らは、欧州貴族の社交界にも似た場所で情報を集めるでしょうし、書店をはじめストリートの売店で売られるニューヨーク・ガイドの存在を知ることもないでしょう。ですからこの10ドルフードという項目は決して富裕層の方々へ向けたものではなく、あくまで、多くの合衆国における代表的市民である皆さまへ向けて書かれる項目であるのです。
 今世紀に入って合衆国政府が提示した新たな社会の形のひとつを構成するところの特別法令312条第2項によって、雇用者は被雇用者に向けて年に最低1度の賞与(ボーナス)を設定することが定められたのは皆さまのご存知の通りです。この項目は、その賞与の使い道のひとつをご提案するという意図によって書かれています。
 新しい家庭用機関機械を購入するのも良いでしょうし、蒸気機関式自動車の車検手数料を払うのも良いでしょうし、ニュー・フォード・ワールドの年間パスを入手するのも、万博の初日入場券を買うのも良いでしょう。10ドルあれば、さまざまなものを皆さまは手に入れることができます。そして、贅を尽くし、食材や技術だけでなく、時間と労力さえも最大限に掛けた、欧州貴族のような晩餐も。
 欧州フランス、かつて前世紀においてはフランス王家の料理長を務めたこともあるという家系の現当主、フランス系合衆国人デビッド・ブーレーがシェフを務める『ブーレー』を本項の最初に紹介いたします。このフレンチ・レストランでは、欧州貴族、王族が口にした最高の料理と、最高のサービスをたった10ドルで味わうことができます。チップは必要ありません。ニューヨーク・ガイドは、皆さまに、10ドルきっかりで、最高にロマンチックで貴族的・欧州的な晩餐をお約束します。『ブーレー』をはじめ、本項で紹介されるレストランの数々とは既に当編集部が交渉を済ませており、10ドル・コースを注文されるだけで、その中にはウェイターへのサービスへのチップも含まれており、高級レストランにつきものの煩わしさを感じる暇は僅かもありません。ただし、これは、永遠のお約束ではなくて、ニューヨーク・ガイドの提唱する『ニューヨーク・レストラン・ウィーク』という定められた期間のみのものです。毎月、第4週を特別な週として、皆さまに10ドルフードという新たな晩餐の形を提案するものです。



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カダシアン

 カダス料理というものは、ドイツの郷土料理に良く似ている──
 そんな話を聞いたことはないでしょうか。カダス地方、世界に華やかなる蒸気文明の繁栄をもたらす切っ掛けを作り、未だに、我々合衆国や欧州のものとは異なる発想での蒸気機械をもたらし、碩学の称号を才能ある人々に与え続けるエキゾチックな異境。しかし、その食生活はさほど豊かではなく、たとえば大英帝国のように、他の何もかもはロマンチックであるのに食事は簡素である、という認識は、多くの合衆国市民がぼんやりと抱いているものかも知れません。
 しかし、大航海時代を経てその食生活を豊かにさせた英国と同じく、カダス料理(カダシアン)も歴史と交流を経ることでその食生活に幾らかの変化が及んでいるのも事実でしょう。たとえばその頑ななまでの秘密主義のためにカダス北央帝国の食生活のすべてを伺うことはわたしたちには困難なものですが、たとえば、世界の他地方から訪れた文化や料理と同じように、NYへと移住したカダスの人々が開いたレストランで、実際に合衆国で変化を遂げたカダス料理を味わうことができるのです。
 マンハッタン南西部、イーストビレッジ2丁目周辺のリトル・カダスにあるレストラン『ダイラス』に赴けば、東欧文化(特にウクライナあたりの食文化)と結びついて独自の発展を遂げた“カダス・ボルシチ”と呼ばれる絶品の煮込み料理を味わうことができます。コクのある深い味わいは、時にオリエンタル・極東の郷土料理さえ思わせる味で、一度口にすればどんなNYっ子でも癖になってしまうと評判です。挽肉に米を混ぜ込んで柔らかな食感を成し遂げたロール・キャベツや、米粉で作った薄皮で細かく刻んだ肉と野菜を包み込んで軽く揚げた料理は、ボリュームたっぷりで夕食に最適です。ドイツのものとは異なる特殊なカダス香辛料で不思議な味わいを成したカダス・ソーセージは、ドイツ製のザワークラウトともよく合って、何より、近年のビール・ブームで数多溢れるクラフトビールのつまみに最適です。カダス地方ではシードルが主流であると言われていますが、それはあまりに勿体のないことです。NYっ子も、カダスの旅行者の方々も、ぜひ、このNYで変化したカダス料理をクラフト・ビールと共に口にして、新たな文化に酔いしれるのはいかがでしょうか?


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★  ソナーニルコラム 第3回

■ニューヨーク・ガイド紹介版(1902)
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ニューヨークの食生活(第1号予定)

 広大な新大陸の北部に広がる合衆国だけでも、さまざまな地方にさまざまな料理が存在しています。そこに、世界中から数多の移民が集うこの都市、NYだからこそ、文字通り世界中の料理を味わうことができると言っても過言ではありません。
 ただし、どうかお気を付けて。
 NYは巨大で、レストランひとつとっても星の数ほどあります。
 この都市には「すべて」があります。だからこそ、正真正銘の本物もあれば、本物以上のものもあり、そして悲しいことに偽物も存在しているのです。ぼんやりとこの都市を訪れて、旅行者向けにと設定されたレストランに足を運ぶだけでは、NYの素晴らしさを味わうことは到底できません。たとえば繊細な味覚を持つ海外の旅行者の方々であれば、いわゆる合衆国特有のボリューミーで脂質とエネルギーの補充を主体とした食事にばかりあたってしまうと、がっかりされることもあるでしょう。
 ご自身の味覚に合ったレストランを選びましょう。
 それが、何よりも大切なことです。
 NYは巨大で無尽蔵なまでに“もの”が溢れています。だからこそ、わたしたちには選ぶことが求められますし、それができなければ、あなたがNYへ抱く印象は、たとえ何度足を運んだとしても、たとえ居住していたとしても、ぼんやりとした大味なものになってしまうでしょう。(勿論、それはたとえば、その味わいについて欧州中から批判されている大英帝国のレストランにおいても同じことなのでしょう)(これは嫌味ではありませんのでどうか英国の方々は編集部に抗議の電信を送らないでくださいね)
 第1号では、まず数多のレストランの中から、編集部が項目ごとに厳選したお店を紹介しています。「合衆国フード」「ソウルフード」「10ドルフード」「ユダヤ・コーシャ」「イタリアン」「フレンチ」「オリエンタル・チャイニーズ」「インディアン・パキスタン」「ベトナミーズ」「アラビアン」「ターキッシュ」「カリビアン・スパニッシュ」「メキシカン」「カダシアン」「ストリートフード」などなど……。
 そして近年のビール・ブームによって数多のものが今なお生み出されている「クラフトビール」については、別項目として第3号でお送りさせていただきます。
 どうか、お楽しみに!



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ニューヨークの娯楽(第2号予定)

 NYといえば、ブロードウェイと答えるひとは多いのではないでしょうか?
 終わることのない夜、不夜城とさえ呼ばれることのあるブロードウェイは、正確には劇場街だけを指すものではありませんが、1902年現在では劇場街とブロードウェイはイコールで結ばれることが多く、NY在住の人間でもそういう認識であることが多いと言われています。それほどまでに劇場というものはNYにおいて人気であり、それには何よりも近年発展のめざましい新しい娯楽『映画』の存在も不可欠でしょう。
 映像と音声を記録し、再生するという『映画』の発明により、劇場へ足を運ばなくとも、名優たちの輝く演技、歌姫のうたいあげる素晴らしい歌、驚くほどに心打つ演奏を、わたしたちは大都市にいなくとも故郷の街で享受することができるようになりました。(正確にはやや大きめの街にしか、まだ映画館は存在していませんが)
 情報が伝播し、拡散することで、それまで劇場の類に興味を持つ機会のなかった人々が動くこととなったのです。そして、合衆国の演劇・歌劇・演奏の要であるブロードウェイの認知度が以前と比べてさらに跳ね上がることとなりました。
 今や、ブロードウェイは名高い大英帝国のウェストエンドにさえ勝るとも劣らないと言えるでしょう。華やかなりしNYの象徴たる劇場街を十二分に楽しむためのすべを、わたしたちは皆さまにお伝えいたします。
 第2号では、評判の劇場、評判の演目、評判の映画、俳優、女優、演奏家、楽団、劇場の数々などを紹介していきます。不動の名作から新鋭の意欲作まで、取りそろえてお送りいたします。
 どうか、お楽しみに!



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ニューヨークの散歩(第3号予定)

 NYは景色さえをも楽しむことができる都市です。
 合衆国の独立から数えて現在まで、明確な都市計画は1度きりしか施行されなかったにも関わらず見事な発展を遂げたNYは、繁栄だけではなく、その景色の美しささえも奇跡的なまでの経緯で完成されているのです。
 たとえば、カダス地方で建造中の次世代型完全環境都市インガノックは、その次世代都市計画の要をNYをモデルとしているという話もあります。無限の発展と円環の如き完全環境における外観は、NYのように、摩天楼地区と公園地区を都市のランドマークとして設定されているとされます。すなわちそれは、数多のカダス碩学の優秀な頭脳が導き出した答えは、この独自に発展を遂げたNYそのものであるという証明ではないでしょうか?
 摩天楼。それは、自然発生的にマンハッタンに生まれた繁栄の象徴であり、都市の中枢部で無数の人々が活動するための先進的建造物群であるのです。超高層建築の数々が集中することで、従来の何倍もの人々や企業・組織が活動し、都市の中枢はその機能を飛躍的に向上させることとなります。
 そして、公園。灰色の空に満ちたこの世界において、緑地は貴重なものです。
 完全管理された水質がなくては、植物はその色を美しい緑として維持できることもないでしょう。そして、その苦難をNYは前世紀から維持してきたのです。
 ギャングの抗争で血に濡れた……といった印象は既に前世紀に置いてきた遺物です。マンハッタン中心に位置するセントラルパークは、今や、都市市民や旅行者の区別なく、家族連れや子供たちの声で賑わう、地上の楽園と言っても過言ではないでしょう。
 摩天楼。セントラルパーク。それら、NYを代表する美しい景色を楽しむ方法を、最適な散歩の方法を、わたしたちは皆さんに提供します。勿論、それら2つだけではない、都市のさまざまな美しい景色、珍しい景色をご紹介する予定です。
 第4号で記載予定の本記事を、どうか、お楽しみに!



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ニューヨークの機関(第4号予定)

 数多の学生や企業、研究職に就く人々がNYへと抱く最大の興味……。
 それこそ、合衆国の中でも特筆に値する発展を遂げた重工業地区マンハッタン北部、中でも世界最高の頭脳を数多有するとさえ言われるトレヴァータワー、すなわちエンパイアステートビルII号塔であることでしょう。
 この超高層建築は世界最大の規模を誇り、世界最高の頭脳と称される《発明王》ことアヴァン・エジソン卿の私有物であり、最先端の機関技術の粋が集められた技術の園であり、彼の許可を得てさまざまな合衆国の公的機関や企業の研究部が設置されているものです。合衆国の優秀な頭脳の持ち主たちで構成された誇り高き大協会(ファウンデーション)や、欧州やカダスの碩学たちの多くをまとめる碩学協会こと《西インド会社》の研究所もあり、ここで10日という時間を研究に費やせば、たとえば世界の他の場所で研究する1年にも等しい結果を導き出すだろう、とイェール機関大学の学長は公言しています。
 NYが世界最大の重機関都市と呼ばれるゆえんが、この知識の塔なのです。
 この塔あればこそ、NYは数多の大機関(メガ・エンジン)を地下に有し、驚くべき動力と生産力を得ることで、目を見張るまでの発展を遂げてきたと言っても過言ではありません。NYの地下を走る列車(地下鉄)も、大陸東部と西部を繋ぐ砲弾列車も、巨大きわまる海峡橋も、合衆国中の道路の多くを走るガーニーも、合衆国各地の空行き交う飛空艇も、それらの殆どすべてが、カダスや英国からの輸入品ではなく、この塔から生み出された合衆国独自のものです。
 本項目では、トレヴァータワーを中心として扱いながら、そこから生み出されてNYや他地域で目にすることのできる機関機械、NY独自の機関機械、そして偉大にして合衆国建国の父のひとりであるとさえ噂される謎多き人物《発明王》ロード・アヴァン・エジソンについての記事を記載します。
 機関学に苦しみながら受験勉強に勤しむハイスクールの生徒たちには、特に、必見のものとなるでしょう。どうか、第5号の本記事をお楽しみに!



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★  ソナーニルコラム 第2回



 ■婦人Eの編纂記録5 

1905年12月
NY封鎖線を務めた合衆国陸軍兵の発言より

 楽な仕事だったよ。
 何でって、別に、敵があの中にいる訳じゃないからな。勿論どこにいたって南部連合の工作員やインディアン・テロリスト(※1)のことは念頭に置いちゃいるが、それを言うならワシントン・シティやシカゴ・シティのほうがよほど危険度は高いだろ。何せ、廃墟都市には誰もいないんだから。軍事的破壊工作の標的にしろ、独立だ自治だなんだの示威行為にせよ、わざわざ狙う奴なんざいない。誰もいない瓦礫の山を壊して満足するほど、連中は生温くも優しくもないからな。
 ん。最近じゃあもうどっちの話も聞かないって?
 まあ、それは、な。南部連合は今じゃ敵国じゃあなくて合衆国の友で血を分けた兄弟って奴らしいとか、アラバマの姉貴がそんなこと言ってたっけ。忌々しいインディアンどもも、もう10年近く特別居留区(※2)から出てきやしない。貧相な行進も無意味な座り込みもしない、不気味な歌をうたったり踊ったりもしない。合衆国に寄生する赤肌ども。
 ああ、知ってるかお前? こういう話?(※3)
 インディアン連中は迫害を受けてるだとか社会構造の被害者だとか貧困問題だとか、しち面倒臭いことを言う奴が特に欧州の大学やなんかにいるみたいだけど、そのへんは実は全部嘘なんだよ。嘘。ああそうさ嘘だ。市民生活保護プログラムってのがあるだろう、あれがな、あの赤肌どもには不正に適用されてんだよ。つまり赤肌どもはたっぷり金を貰ってやがるんだ。ああ、俺たちまっとうな国民なんかよりよっぽど好待遇で居留区にいる癖に、さらに援助だ保護だって。外国で面倒臭いこと言う連中は買収されてるんだよ。もしくは混血だ。赤肌の血が混ざってる。ああ、絶対そうに決まってる。そういう連中は名前に特徴があるんだ。
 許せるか? 許せないよな?
 この新大陸は正しく俺たちのものだ。国も、税金も連中のものじゃない。
 そいつは明白な運命ってやつだ。

 あ? ああ、悪い。
 それで何の話だったっけか。
 ああ。それね。旧ニューヨーク・シティの封鎖任務ね。
 俺がいたのは1年だけだったけど、本当、楽な仕事だったよ。(※4)ただ、立ってるだけでいいんだからな。一番の敵は眠気だ。廃墟都市には誰もいないし、わざわざ瓦礫を見に来るような莫迦もいない。中に入ろうとする奴なんかいる訳ないだろう。廃墟に誰もいないってのはともかく、安全かどうかもわからんのに侵入しようとする莫迦なんざどこにもいない。
 ああ。ただの一度も、封鎖線に近付く一般市民は見掛けなかった。
 誰だって、廃墟に興味なんかないってことだよ。(※5)
 生存者がいる訳でもないしな。
 もし万が一にいたってとっくに死んでしまっただろうし、お偉い碩学の先生たちやら調査委員会が調べたって話だし。陸軍からも何万人か人手を出してたはずだしな。それでも見つからないなら、そういうことなんだよ。御許に召されたんだよ。欧州の新しい法王さまだかなんかも、そう言ってたんだろう?(※6)
 ともかく暇だった。暇で暇で、俺は灰色雲の見分け方ができるようになったぜ。あとは、ポーカーだ。封鎖基地には寮があって、そこで賭けポーカーをやってたんだ。これ、絶対新聞やタブロイドに流すなよ。ワシントン・ポストは絶対駄目だ。
 アメリカン・レビューならいいけどな。


(※1 1905年の時点で南部連合との同盟が成立している。インディアン・テロリストは前世紀には存在していたが、20世紀に入ってからは沈静化している)
(※2 インディアンはあらゆる権利が著しく制限された。そのひとつが居住権であり、すべてのインディアンは定められた居留区以外で暮らすことを禁止されていた。居留区の多くは劣悪なスラム地帯と化しており、白人知識層や黒人労働者層を中心に人権問題が叫ばれている)
(※3 保守系思想誌『アメリカン・レビュー』誌に端を発する噂。インディアンは不当な利益を得ているとする主張であり、根拠はごく薄い。しかしタカ派を中心とする保守層からは熱狂的に支持されており、代表格であるヘンリー・フォード氏の発言によって10年近く合衆国の一部で根付いていた)
(※4 合衆国陸軍で行われたアンケートによると、希望任務地の1位がこのNY封鎖任務であった。目立った危険もなく、封鎖基地には各種の娯楽施設や慰安施設が用意され、陸軍兵からは好評だった)
(※5 ワシントン・ポスト紙の調べでは、1905年当時の流行や関心を示す度合いは「機関機械製品の生産に伴う生活の向上と文明の発展」が最も高く、2番目が「1908年開催予定のセントルイス万博」であった)
(※6 ローマ法王ピウス10世の発言。「天に召されし300万の清らかな魂」)

【注記はすべてチャールズ・フォート氏による】


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 ■婦人Eの編纂記録6 

1906年2月
ニューヨーク・タイムズの一面記事

 意義を失ったとは思わない──
 私たちがこの3年あまりで続けて来た活動には、確かな意味と、意義と、誇りとが込められていた。それはこの3年間もそうだし、これからも変わらない。たとえ、本日を以てニューヨーク・タイムズ55年の歴史に幕が下りるとしても。(※1)
 3年前、12月25日のことを皆さんは憶えておいでだろうか?
 3年前、合衆国と世界とが震えたことを憶えておいでだろうか?
 本社と社員の大半を失った私たちは、通称《大消失》ことニューヨーク消失事件についての報道を続けて来た(※2)。だが、得られた情報は決して多くなく、紙面をまともに構成することも難しく、結果として月刊発行という形態を取らざるを得なかったのは皆さんのご存知の通りである。
 この3年間を通じて私たちが感じて来たのは絶望だった。
 人々は忘れていく。
 南部連合の無償財政援助及び協調は合衆国を賦活し、フォード社を中心とした大規模輸出は国家規模の産業となって市民生活を明確なまでに豊かにし、平均株価は3年前を上回るほどの数字を見せ始め(※3)、1チームを失ったはずの大リーグはこれまでにない盛り上がりを見せている。(※4)
 人々は忘れていく。過去は風化していく。
 東部の都市が消えたという事実は、やがて歴史の僅かな一節と化すのだろうか。
 当編集部にも最早人員は殆ど残っていない。
 多くの者は他紙へと移り、業種を変えた者もいる。不審な死を遂げた者もいる。そう、NY事件調査委員会の極秘情報を掴んだ者ばかりが、こぞって不審死、もしくは失踪しているという事実がある(※5)。

 明確な証拠は何もない。
 本来であればここで書くことも許されないだろう。
 しかしこれが最後だからこそ。
 本日、本紙は最後の時を迎える。だからこそ、意義にかけて皆さんに尋ねたい。

 3年前から今日に至るまで、私たちが失ったものは……何だ?

(※1 機能と人員のほぼすべてを失ったニューヨーク・タイムズ紙は各地支部のみで新聞発行を維持しようとしたが、月刊発行となり、1906年2月の最終号にて活動の無期限停止を宣言した)
(※2 当時既に、ニューヨーク・タイムズ紙以外の新聞各紙は、毎年12月末の特集以外ではNY消失事件についての報道を行っていなかった)
(※3 1906年1月、悲劇よりの復活を果たしたと大統領は表現している)
(※4 1905年、大リーグは史上最高の興行収益を計上した)
(※5 ここで述べられる「不審死」について正確な記録は確認できない。調査委員会の記録は機密公文書館に収められ、確認することはできない。詳細記録を開示すべしとの市民運動が興ったが、合衆国全土を巻き込む運動には発展せず、政府は沈黙を保った。なお、本記事が掲載されたニューヨーク・タイムズ掲載号は「煽動的な政治意図に基づいた不正確な記事」であるとして発刊から半日足らずで政府から発禁処分が下された。故に、現存するニューヨーク・タイムズ最終号はごく少ない)


【注記はすべてチャールズ・フォート氏による】



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 ■婦人Eの編纂記録7 

1906年11月
フィラデルフィア郊外在住の女児の発言より

 もうずっと前のことよ?
 あたし、記憶は他の子よりもいいほうだから憶えてるけど。うん。何年か前は、何度もその話を聞かれたわ。新聞のひとや、ラジオのひと、いっぱい。ううん、警察のひとや軍隊のひとは一度も来てないと思う。(※1)
 それにしても久しぶり。あの頃は沢山話したけど、もうずっと話してないわ。
 もう、2年くらい話してないのかな。
 ラジオでも、ニューヨークのお話をするひといないものね。学校でも、前は先生がよくお話してくれたけど、最近はもうしない。パパとママも話さない。大人はみんな、ニューヨークのお話をしなくなったわ。(※2)
 あんまりにも話さないものだから、あたし、もうあまり自信なくて。
 4年前のことが本当だったのかどうか。
 教科書にはちゃんと12月25日のことが書いてあるし、その日には家族のみんなで黙祷をするし、ラジオでもその日には特集の番組が流れるわ。(※3)
 でも……。
 普段は、大人は誰も何も言わないの。
 ママは「とても悲しいことだから、年に1度でいいの」って言うの。あたしも、うん、そう思う。悲しいこと、いつも話していたら気分が落ち込んじゃうもの。気分が落ち込んだままだと、ガーニーの免許も取れないし工場勤務もさせて貰えない、そういう診断をされるんだってパパが言ってたから、気分が落ち込むのは良くないことよね。
 でも、何だろう。
 うん。何か、変な感じ……。

 うん。うん。
 そうね、見たわ。見たはず。あたし見た。4年前に。
 あれはね、天使さまだったのよ。
 見えたの。白い、白くてきらきらした大きな翼。(※4)
 工場の向こうがね、ニューヨークのほうがぱっと光って。きらきらしてた。
 うん。うん。きれいだったわ。それに、怖かった。

 怖かった。

 だって、天使さまはきらきら笑ってたの。(※5)
 きらきらしながら笑っていたの。
 もう殆ど憶えてないけど、うん、笑っていたから怖かったんだと思う。
 うん。うん、怖い。笑う顔って、怖いこともあるでしょう?


(※1 調査委員会から聴取を受けたとする証言はごく少ない。1907年、フィラデルフィアでは調査委員会から聴取を受けたという者が2名現れたが、同年に不審な失踪を遂げている)
(※2 1906年末、世論調査からはNYの消失事件に関する項目が削除された。人間心理を研究するメスメル学の碩学たちからは不満の声が上がったが、他に目立った反対の運動は記録されていない。噂では、NY消失の遺族たちが私設の遺族会を発足させようとしたとされるが、記録には残されていない)
(※3 過去の悲劇を学ぶことは人類の進歩に不可欠として、政府及び大協会の判断によってNY消失の端的な事実が初等学校の教科書に記され、ラジオ放送・新聞各紙・タブロイド各紙では12月の放送で優先的に消失事件を取り扱う風潮が1906年当時には生まれていた。この風潮に前後して、機密公文書館に収められた調査委員会の記録を開示すべしとの市民運動は著しく弱体化していった)
(※4 同様の証言は同地区で複数見受けられる。すべての証言者がプロテスタント系カトリック系を問わず“キリスト教徒”であるが、熱心な信者とは限らない。この少女は比較的熱心なプロテスタントであったためか、証言内容に偏りが見られる)
(※5 同様の証言は同地区の児童に多く見受けられる。感情を類推する子供たちの発言はメスメル学の極めて重要な研究材料であり、多くのメスメル系碩学が子供たちとの面会を求めたが、児童の心理をいたずらに惑わすものとして政府判断により却下されている)


【注記はすべてチャールズ・フォート氏による】


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 ■婦人Eの編纂記録8 


1907年6月
無記名の手帳より

 わたしは公文書館へ赴いた。
 大叔父さまの計らいで、一般には公開されない機密公文書館へも。
 合衆国は、情報の歴史的・文化的価値を重視して、その成立前から現在に至るまでのすべての公式記録を公文書館へ残している。一般市民に公開するのが相応しくないと政府に判断されたものは一時的に機密公文書館へと収められて、それぞれに定められた時間が経過すれば通常の公文書館へ収められる。
 それが、わたしの知る合衆国の常識だった。
 なのに……。

 なのに。公文書館には何もなかった。
 わたしは、5年前の記録に触れるはずだった。
 けれど、そこには何もなかった。機密公文書館にもそう。

 調査委員会の記録は?
 ワシントン・ポストの記事を認めたという報道官発言は?
 大々的にラジオで中継された大統領発表は?

 公式記録は何も残されていなかった。
 ワシントン・ポストの記事さえ保管されていなかった。
 わたしは、この週でワシントン中の図書館を巡りもしたけれど、そこでも、ワシントン・ポスト記事はおろか、報道官発言や大統領発表を記した各紙のバックナンバーさえ確認することはできなかった。
 何もなかった。
 何もなかった。
 記録に残されていない。
 記録がされたということさえ、残されていない?
 ただ、子供たちの教科書に、史学の1頁に事実がほんの1行だけ記されて。


「1902年12月25日
 重機関都市ニューヨーク、連鎖的な機関事故により消失。死者数約300万。」


 わたしはひとつの推論に辿り着く。
 記録が、ないのなら。

 5年前のこと。
 1902年12月25日の、あの日の出来事は。
 この、たった2行だけになってしまうの──?


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★  ソナーニルコラム 第1回



 ■婦人Eの編纂記録1 

1903年2月
ホワイトハウス報道官の発言より

 悲劇的な事故と呼ぶ他にない。
 信じられないような出来事ではあるが、これは“厳然たる現実”である。
 この一連の惨事については慎重な発言が希求されており、明確な発言、断言を避けてきた合衆国政府は本日この時を以て正式に発表する。
 ニューヨーク・シティは今や地上のどこにも存在しない。
 1902年12月25日に消え失せたのだ。300万市民(※1)と共に。

(無数の篆刻写真機の作動音、及び、新聞各紙の記者たちの怒号にも似た相次ぐ質問のため、報道官の言葉が正確に聞き取れない)

 不正確な表現をお詫びする。撤回させていただく。正しくは、ニューヨークは地上から消えてはいないが、ひどく崩壊している。今や全土が廃墟と化した状態だ。実際に消え失せているのは、建物や橋ではない。人々だ。昨年12月24日には存在していたはずの約300万の人々が忽然として地上から姿を消してしまった。
 この2ヶ月間、数多の碩学と約2万(※2)の合衆国陸軍兵士とを動員して事故の原因調査及び生存者の捜索、犠牲者遺体の回収に努めてきた。諸君は先月に発行され、既に回収されているワシントン・ポストの記事(※3)をご覧になったかもしれないが……。

(再び、無数の篆刻写真機の作動音と記者たちの質問の嵐)

 静粛に……。
 ひとつずつ簡潔にお答えする。
 詳細な返答はレポートを待っていただくことになる。
 まず、調査委員会の名簿については公開できない。この史上類を見ない前代未聞の悲劇を前にして、合衆国政府は最高の頭脳を招集して原因究明に努めている。であるが故にこれは国際的にデリケートな話題であり、カダスの意向もあるということを各紙にはご考慮いただきたい。
 次に、本件の調査については特別法令102号(※4)が適用されており、合衆国陸軍の作戦行動について情報公開の義務は存在していない。
 次に、南部連合は本件に関与していない。合衆国と連合の関係は諸君もご存知の通り既に友好的なものであり、両国の間にはもはや軍事的緊張は存在していない。
 次に、私は誓って真実のみを口にしている。
 ワシントン・ポスト紙の特集記事に記載されていた数々の惨状はその多くが事実ではあり、NYが一夜にして廃墟と化した理由は大規模な機関事故(※5)と連動的に発生した多くの災害である。
 先月の発行時点で、政府はこの悲劇的事実を発表することが必ずしも人々のためになるものではないと考えていた。そのため、回収命令を発行したことと、それによってワシントン・ポスト紙が不名誉な中傷を受けたことに関して、ここに政府は公式に謝罪するものである。明日を予定している大統領の記者会見……アラスカ及びハワイ、フィリピン州を除く合衆国全土でのラジオ中継にも注目して欲しい。

 現実として、我々は大いなるものを失った。(※6)
 それは合衆国最大にして世界最大と言われた重機関都市のことではなく、合衆国経済の中心であったマンハッタンのことでもなく、合衆国の智慧の象徴たる第2エンパイアステートビル(※7)のことでもなく、我々の愛した300万の市民の消失である。
 300万の死亡と言い換えてもいいだろう。
 300万の悲劇が、我々から大いなるものを奪い去った。
 この痛ましさを我々は忘れないだろう。
 なんとしても原因を究明すべく調査委員会は現在も調査を続けている。
 祈って欲しい。すべての事態が明らかになること、そして、二度と、この悲劇が合衆国と世界の何処でも起こらないように。

 ……合衆国に、祝福あれ。(※8)


(※1 政府の公式発表によると302万4521名。この数字には、主にブロンクス地区とされる非登録市民が7万人として含まれている。このことに、保守系の政治団体からは抗議が上がっている。詳細は「295万運動」の項を参照のこと)
(※2 第10号レポートでは3万、第11号レポートでは3万5000とも)
(※3 1903年1月12日のワシントン・ポスト特集記事『ニューヨーク・シティで何があったか?』。合衆国政府当局及び東部方面陸軍の全面協力を得て、昨年12月24日以来およそ3週間に渡り陸軍によって封鎖が行われたかの地へと赴き取材を行った、とされる記事内容は当初、政府からは全面否定されていた。なお、記事を作成した記者は本発表の翌日に投身自殺をしている)
(※4 合衆国保全のための特別法令102号。軍の運用について、政府及び軍は情報公開の義務を有さない。本来は南部連合を警戒した法令であるため、本発言が行われるより以前の合衆国では、NY消失は南部連合の軍事的破壊工作なのでは? といった予想をする者も少なくなかった)
(※5 NY市独自の特殊規格であった蒸気機関群の、連鎖的機関事故とされる。カダス系技術の影響を受けない純国産機関がNY市では試験的に多数使用されていた)
(※6 このフレーズは大統領記者会見でも使用されている)
(※7 トレヴァー・タワー。エジソン財団所有の超々高層建築で、内部には財団の研究施設をはじめ、各種大学の研究所、欧州各国の碩学系組織の支部、碩学協会支部、ロス・アラモスや大協会の先端技術研究所などが存在していた)
(※8 報道官はこの日の夜に失踪した。妻に宛てた最後のメモにも「合衆国に祝福あれ」と記されている。この失踪の事実は1906年に発覚した)


【注記はすべてチャールズ・フォート氏による】


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 ■婦人Eの編纂記録2 

1903年10月
フィラデルフィア農夫の証言より

 ありゃあ間違いなく天使さま(※1)だったさ。
 おれのことをきちがいって言うやつも確かにいるさ。だが、冷えたビールの酵母(※2)に誓って俺は言うね。おれが見たのは確かに天使さまだったんだよ。こう、向こうの丘がパアッと光って……昼でもねえのに明るくなってよ(※3)、そうだよ、言わなかったか!? 俺がそいつを見たのは夜だったんだよ!
 夜でも明るいなんて聞いたことがあるかよ!
 昼より……明るかったかもしんねえな。ああ。ありゃあ間違いない。
 そいつを見ておれはたまげたのなんのって、おふくろの

(ここから南部訛りがひどく聞き取りできない)

 でまあ、そういうことなんだよ。わかったか?
 40過ぎてこんなきちがいみてえな話をするなんて思いもしなかったけどよ、おれの親父やじいさんの頃にはハドソン川沿いにゃあ魔女やらおばけが(※4)がどうとか、ブラック川のおばけ(5※)とか、オーストラリア?とかにしかいねえカンガルー(※6)がいたとか、セイラムじゃあ魔女がひでえことになった(※7)とか、そんな話はたくさんあったんだよ。だからわかるよな? おれは気が狂っちまったわけじゃあねえんだよ。不思議なことなんてあって当然なんだよ。
 俺たちはこのくそったれな灰色雲(※8)で、ちょっとだけ目がふさがれちまっただけなんだよ。そういうことに違いねえ。な? わかるよな?
 うちの親父も死ぬ前はそんなこと言ってた気がするよ。(※9)

 ところでお前さん、煙草もってねえか?

(※1 同様の証言は同地区で複数見受けられる。すべての証言者がプロテスタント系カトリック系を問わず“キリスト教徒”であるが、熱心な信者とは限らない。この農夫も最低10年間は教会を訪れていないという)
(※2 エールビールを合衆国人はビールと呼ぶことがある)
(※3 同様の証言は同地区で多数見受けられる)
(※4 スリーピー・ホロウの首なし騎士。民間伝承)
(※5 ブラックリバー・モンスター。民間伝承)
(※6 テレポーティング・カンガルー。民間伝承)
(※7 セイラムの魔女裁判。司法史の汚名とも言える大事件であり、民間伝承の類ではない。無知と偏見と恐慌状態の中で残酷な魔女裁判が行われた。ボストンのとある聖職者がこの異常な事態に気付くまでに、無実の者25名が処刑されたという)
(※8 前世紀に興った第2次産業革命、機関革命のため、世界全土を埋め尽くした蒸気機関から発せられる排煙は空を覆った。灰色雲とは、排煙混じりに空を永遠に覆い続ける混合煙雲の俗称である)
(※9 前世紀まで、合衆国には非現実的な民間伝承が数多く残っていたが、重工業の発展と科学時代の幕開けに伴いそれらは姿を消しつつある)


【注記はすべてチャールズ・フォート氏による】



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 ■婦人Eの編纂記録3 

1904年9月
《自動車王》ヘンリー・フォードの著書より

 我々は試されている。
 そう考えたことはないだろうか?
 一昨年の悲劇(※1)を無論私は一秒たりとも忘れたことはない。
 あてもなく理由を求め、根拠なき風説(※2)を頼りに愚かにも南部連合の人々を憎むことさえしたし、ユダヤの人々こそまさしく人類の裏切り者(ユダ)であり真に南部連合を傀儡としてNYを鏖殺せしめたに違いあるまいと断言もした。
 しかし、私は今やそれらの風説にもはや惑わされることはないだろう。
 南部連合は我らが合衆国がマンハッタンを失ったことによる損失を補うべく『リンカーンの遺産』(※3)の50%の供出を政府に確約した。これは、南部連合の経済活動にも著しく影響を及ぼす勇気と誇りと友情と親愛に満ちた決断であり、連合と我ら合衆国が元はひとつの国であり友であり家族であることを如実に示すものだろう。
 最早、我らの父母や祖父母たちが戦った敵(※4)はいない。
 この未曾有の惨劇を前に、我々は再びひとつになるための道程を歩み始めたのだ。
 私はこの新大陸における重工業という人類的使命にも充ちた産業の一端を担う者として、かの天才にして合衆国の父のひとりにしてNYと共に姿を消してしまったトマス・エジソン卿(※5)の教えを受けた者としてここに宣言しよう。

 悲劇を忘れよう。
 明るい未来こそが我々の見るべきものだ。

 今や我々は忘れるべき時なのだ。
 過去に囚われてはいけない。歩むことこそが我らに与えられた神の試練であり(※6)、それに気付くことこそが、我々に求められた運命的な使命であると言えよう。
 幸いにして、我がフォード社は大協会(ファウンデーション)(※7)との協力により、全世界に向けた蒸気機関式自動車の大規模輸出(※8)を計画中である。これが成功すれば、約束しよう、我々はNYを失ったことによる悲劇的損失から脱却することができると。

 合衆国は再び蘇る。
 そして、それは、明白な運命(※9)に他ならない。


(※1 1902年12月25日のNY消失事故)
(※2 根拠なきさまざまな憶測が1903年初頭の合衆国を席巻した。南部連合の軍事的破壊工作、黒人による暴動、ユダヤ人資本家による経済実験、カダスの実験的新型兵器の運用と失敗、フィリピン州の反乱工作、等々、さまざまな風説があった。先の報道官発言と大統領発表に伴い、これらの噂は駆逐されていったが、一部極右勢力は南部連合の工作説を頑迷に主張し続けていた。しかし保守の大物と目されるヘンリー・フォードの本主張に伴い、極右勢力は方針の大転換を行い、南部連合との合併を掲げ始める)
(※3 合衆国を一時的に独裁したリンカーン総統の遺産。さまざまな経緯を経て南部連合が所有されると言われており、その存在は本件で初めて実証されることとなった。莫大な合衆国の経済的損失のうち70%を南部連合は負担し、残る20%を欧州各国が、残る10%をオリエント各国が負担している)
(※4 南北分裂戦争)
(※5 トマス・エジソン。碩学王、発明王、などのカダス称号を有する天才。碩学。消失したNYのマンハッタンにいたとされる。死亡したという300万市民のひとり)
(※6 フォード氏は熱狂的プロテスタント支持者であるという。一時期はローマやユダヤ人社会を著しく非難していた事実がある。しかし、奇妙なことにフォード氏がプロテスタント教会を訪れる姿を見た者はいない)
(※7 大協会。合衆国全土の碩学たちをゆるやかに統括する組織。特殊な運営理論を用いて、世代をまたいだ世紀単位での大研究を複数行っている)
(※8 大規模輸出は1905年から開始し、毎年、多大な利益を計上している)
(※9 19世紀のジャーナリスト、ジョン・オサリバンの言葉からの引用。インディアンへの侵略行為に対する政府の正当性を“発見”した言葉とされる)


【注記はすべてチャールズ・フォート氏による】


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 ■婦人Eの編纂記録4 


1907年5月
無記名の手帳より

 大叔父さまにお願いをした。
 封鎖されたニューヨークへ行くことを、父母には言わなくても、わたしは大叔父さまにだけは明かすしかなかった。変わり者の大叔父さま。農場を経営して、機関工場も所有しているお金持ちの大叔父さま。
 祖母からよく話を聞いていたけれど、わたしは、会うのは初めてだった。
 大叔父さまはわたしの話を聞いて、わたしの瞳を見つめて。
 それからたっぷり10分の間、パイプの煙をくゆらせながら、応接間の大きな窓の脇に立って。窓の向こうを見つめたままで。
 きっと叱られるのだと思っていた。
 なのに、大叔父さまは、わたしの一生のお願いをきいてくれた。

 お前がそうしたいならそうしろ。
 ただし、野垂れ死んでも俺は知らん。
 姉さんには義理がある。だから手助けはしてやる。
 金も使ってやろう。
 お上への手配もしてやろう。
 ただし、これ以降、お前は俺の親族でもなんでもない。
 いいな。

 わたしは大叔父さまにありがとうを言って、それから、公文書館への許可証発行についての詳しい話を聞いた。高名な、あのピンカートン探偵社への依頼についても、大叔父さまが取り仕切ってくれた。お金も。出してくれて。

 わたしは約束をした。
 もしも、わたしが、ニューヨークを封鎖する軍隊に捕まったとしても。
 決して、大叔父さまの名前は出さないと。

 だからこの手帳にも。
 わたしの名前は、書かないでおく。



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